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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1265号 判決 1968年5月16日

控訴人 沢畠一郎

右訴訟代理人弁護士 岡田錫淵

被控訴人 関西急送株式会社

右代表者代表取締役 野元栄

右訴訟代理人弁護士 前田知克

同 藤田一伯

同 内野経一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和三九年四月三〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決と仮執行宣言を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は次に記載するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴代理人の陳述

1  訴外沢博士は被控訴会社を代理して昭和三九年三月二八日の振出日付で本件手形を作成したが、これを受取人の訴外日邦開発株式会社に交付したのは同年四月一〇日であって、控訴人は同日南海工業株式会社より右手形の裏書譲渡を受けたのである。原審において控訴人が本件手形を取得した日を同年三月三一日と主張したのは誤りであるからこれを訂正する。

2  したがって、仮りに沢博士が本件手形を作成した当時被控訴会社を代理して本件手形を振出す権限をもたなかったとしても、同人は同年四月七日被控訴会社の代表取締役に選任され、その後に右手形を受取人に交付したのであるから、いずれにしても被控訴会社は本件手形につき支払の責を免れえない。

3  沢博士は当時日邦開発株式会社の代表取締役の一員であったが、受取人として本件手形の交付を受けたのは、同会社の会計担当社員の北橋某であって同人は同会社の代表取締役の佐竹三吾から同会社代表者印の保管を委託され、同会社を代理して手形を振出し、又は受取るなどの権限を与えられていたのである。

4  仮りに本件手形の振出が、その振出人および受取人につき、沢博士の双方代理又は代表行為に当るとしても、控訴人はその事実を知らずにこれを譲受けたのであるから、被控訴人は善意の控訴人に対して振出の無効を主張することはできない。

二、被控訴代理人の陳述

本件手形が受取人に交付された日およびその各裏書の日が控訴人主張の日であることは否認する。

三、新たな証拠≪省略≫

理由

一、各手形要件および裏書欄について、控訴人主張のとおりの記載のある(但し、控訴人が訴外南海工業株式会社より裏書譲渡をうけた日の点をのぞく)本件手形を控訴人が所持していること、控訴人が満期日にこれを支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたこと、は当事者間に争がない。

二、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

被控訴会社の代表取締役であった川本直水は、昭和三九年三月二〇日訴外日邦開発株式会社の代表取締役佐竹三吾との間に、右川本は同人およびその他の株主の所有する被控訴会社の株式合計一二万余株を代金一億八千万円で日邦開発株式会社に譲渡する契約をし、これに伴って同年四月七日開催予定の株主総会において川本は取締役を辞任し、日邦開発株式会社の右佐竹、同会社取締役小倉基嗣および同沢博士が被控訴会社の取締役に就任すべく合意したことそして同年三月二〇日以降は右佐竹らの新経営者側において被控訴会社の業務運営の一切を行い、その間に右小倉および沢において銀行その他より融資をうけて被控訴会社につき増資をし、これをもって右株式譲受代金の支払にあてることとし、そのため同年三月二〇日被控訴会社の取締役会において、右融資先に対する交渉の便宜上、小倉を総支配人、沢を副支配人に選任し、同人らに会社業務運営の責任を一任する旨の決議をしたこと、しかし川本らの旧経営者側としては正式に代表取締役が交替し、また株式譲渡代金の支払が完了するまでは会社の業務全般にわたってすべてこれを佐竹側に委譲することはなお不安を残していたので、手形小切手の振出などの債務負担行為については両者の合意によって決すべく申合わせをし、その趣旨において特に旧経営者側の常務取締役北鉄夫、総務部長の一色英二をして小倉、沢らの業務運営に協力関与せしめることとしたこと、しかるに沢博士は日邦開発株式会社の訴外南海工業株式会社に対する債務支払のため、同年三月二八日頃右の旧経営者側には何らの相談もせず独断で被控訴会社の社長川本直水の記名印および社長印を使用して、同社長の振出名義で日邦開発株式会社を受取人とする、被控訴会社としては原因関係上振出すいわれの全くない本件手形を作成し、同年四月一〇日これに日邦開発株式会社代表取締役佐竹三吾名義で裏書をし、南海工業株式会社の代表取締役伊勢孝雄に交付し、伊勢孝雄において同日これを控訴人に裏書交付したこと、当時沢は日邦開発株式会社代表取締役として事実上同会社を主宰し、本件手形の受取人および第一裏書人としての日邦開発株式会社の代表および代理行為はすべて沢がこれを行ったものであること、被控訴会社においては、予定どおり同年四月七日株主総会が開催されて川本直水は取締役を辞任し、佐竹、小倉、沢らが取締役に選任され、同日の取締役会において沢は佐竹らと共に代表取締役に選任され、同月八日その登記がされたこと。

≪証拠判断省略≫

三、以上認定の事実によれば、沢博士は同人が本件手形を作成した当時においては、これについて被控訴会社を代理又は代表する権限をもたなかったが、これを南海工業株式会社に交付したときには被控訴会社の代表権をもっていたわけである。しかし、本件手形の振出が、そこに振出日と記載され、かつ振出人としての署名がされた昭和三九年三月二八日頃以降、右手形に第一裏書人の署名がされた同年四月一〇日までの間のどの時点においてされたと見るにしても、右振出行為は、沢博士が一方振出人たる被控訴会社の代理人として、他方受取人たる日邦開発株式会社の代表者としてしたのであるから、商法第二六五条の規定により被控訴会社の取締役会の承認をえない限り無効といわなければならない。そして本件手形振出につき被控訴会社の取締役会の承認があったことについては主張も立証もない。

四、控訴人は、本件手形の受取人である日邦開発株式会社については、同会社の会計担当社員の北橋某が、代表取締役の佐竹三吾から代理権を与えられて交付をうけた、と主張するが、原審証人沢博士の証言によると、本件手形の第一裏書の「日邦開発株式会社代表取締役佐竹三吾」という記名および捺印は沢博士が同会社の会計担当の北橋という者に指示して押させた、というのであって、これによると沢が北橋を機関として使用したもので、法律上の行為者は沢であると見るほかはない。のみならず、本件手形の受取において右の北橋某が関与した事実および同人にそのような権限が与えられていた事実を証するものはない。

五、控訴人は本件手形の振出につき、沢博士が振出人および受取人の双方を代理又は代表した事実を知らなかったというが右の無効は善意の手形取得者に対しても主張しうると解すべきであるから、控訴人のこの主張も理由がない。

六、されば本件手形の支払を求める控訴人の本訴請求は結局失当といわなければならないから、これを棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よって本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 松永信和 川口富男)

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